山田洋次監督・勘三郎 10月新橋演舞場製作発表
新橋演舞場十月公演「錦秋演舞場祭り 中村勘三郎奮闘」昼の部「十月大歌舞伎」は『俊寛』『連獅子』『人情噺文七元結』で中村勘三郎が三演目の主役を勤めます。
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今回の『人情噺文七元結』では映画界の巨匠、山田洋次監督が補綴を手がけるのが話題のひとつになっており、また、この公演で山田監督が『連獅子』『人情噺文七元結』をシネマ歌舞伎として撮影し、来年秋公開の予定にもなっています。
山田監督は落語に造詣が深く、五代目柳家小さん師匠に新作落語を書いたり、また、「山田洋次寄席」と銘打った寄席を横浜にぎわい座で催し、人気を集めました。今回シネマ歌舞伎化される『人情噺文七元結』は、もともと三遊亭円朝が口演した落語で、山田監督にとっても特にお気に入りの作品です。
18日(火)中村勘三郎と山田監督が出席し、製作発表が開催され、公演への意気込み、シネマ歌舞伎への思いを語りました。
山田洋次監督―――
シネマ歌舞伎はすでにかなりのレベルの作品が作られていまして、当初、僕はその上に乗っかって全体を問題なく撮ればいいと気楽に考えていたんです。
ですが、『人情噺文七元結』は僕の大好きな落語でもあり、芝居でもあったので、僕なりにいろんな注文があって、「もうちょっと、こうしたらどうだろうか」と、ちょっと勘三郎さんにお話したら「そういうふうに直してくれないか」ということになって…これはえらいことになったぞと、正直面食らっています(笑)
ともあれ、この楽しい芝居を、よりいっそう楽しくするために、僕なりの知恵を注いで、勘三郎さんの仕事を応援したいという気持ちでおります。成功してほしいと、祈るような気持ちです。
中村勘三郎―――
昼の部は歌舞伎、夜の部は森光子先生とのお芝居という、毛色の違った事をするのも初めてのことでございますが、昼の部の歌舞伎では3本続けて出させていただきます。
それに加え、まず、『連獅子』を監督に撮っていただきます。実は、映画界の巨匠と歌舞伎という繋がりですと、私の祖父で敬愛する六代目菊五郎が小津安二郎監督に撮っていただいた『鏡獅子』が、今のところ最初で最後。次が山田監督にその孫を撮っていただくという…現代、日本における最高の映画監督に、今の生きている歌舞伎を撮っていただきたい、記録としてだけじゃなくて、監督の目を通したカメラで残していただけたらと思っておりましたし、それを快諾していただいた事が嬉しゅうございます。
そしてもう一つ『人情噺文七元結』。これをただ撮っていただくのではなく、脚本を直していただいて、しかも演出をしていただく、しかもそれが記録に残るという、嬉しさと怖さですね。そして、これが始まりになって、いろいろな事がまた発展できればなと思っています。
この前、祖父(六代目菊五郎)の写真を見ていただいたんです。当時の世話物の写真を見ますと、監督が「これは舞台ですか?」とおっしゃるぐらいリアルで映画のようなセットを組んでいるんです。今回は、そういう事にもこだわって、映像が寄っても良いように、衣裳から小道具、セットまで新しく考えています。
きっかけは―――
勘三郎―――
山田監督がアメリカで、(シネマ歌舞伎)『野田版鼠小僧』をご覧になって興味をもってくれたっていうのを聞いたんです。「山田監督が興味を持った、映像で!」それじゃ撮ってもらわなきゃいけないんじゃないのって(笑)。それでこうなったんです。
歌舞伎、『文七元結』への思い―――
山田監督―――
僕は、小学生の頃から落語少年で、ずっと落語が好きで、先代の小さん師匠との付き合いや、色々な会で上演したりと、落語の世界とはかなり付き合いが深いと思っております。
歌舞伎の場合は一ファンで、そんなに深く歌舞伎について、うんちくを持っているわけではないのですが、『文七元結』が好きで、その舞台をみながら、いろんな感じることを勘三郎さんに申し上げたら、それをそのまま修正して本を変えてみようと。
変えるといっても、今まで『文七元結』をご覧になってるかたが、ここがはっきり変わったとわかるような変わり方じゃなくて、全体の色合いや人間像の掘り下げ方を深めて、“もっと楽しくなってるな”というふうになるのが僕の夢なんです。本当に心から楽しめて、笑ったり泣いたりできる舞台を作るためにはどうしたら良いか、という苦労をしなきゃいけないと思っています。
僕は『文七元結』って映画作りたいと思っていたほど『文七元結』というのは僕の中で特別なものなんですね。
今までとの違い―――
勘三郎―――
僕は『男はつらいよ』の寅さんが大好きだったんですけど、まるで長兵衛が寅さんのよう(笑)本当にホワーっとしてる。
長兵衛の周りは皆良い人で、タコ社長がいたり、女房のお兼が、今までの怒ってばっかりじゃなくて、さくらのような感じになってる(笑)葛飾柴又が、江戸の深川に移っちゃったみたいなね。
山田監督―――
二人で泣き出して、「泣くなみっともねえ」「泣くなってお前のほうが泣いてんじゃないか」って、あれはね志ん生のせりふですよ(笑)。圓生さんや志ん生さんたちの落語のせりふを使わせてもらっています。
長兵衛を取り巻くいろんな人たちは、寅さんの周りと僕の中ではかなり似たものがあると思います。みんなが困ったな困ったなと思って悩んだりして。
勘三郎―――
それに、悪い人が出てこない(笑)。似てるんですよ、寅さんと長兵衛って。長兵衛の芯は変わらないけれど、もっと抜けていてもいいんじゃないかなと思っています。
どんな作品に仕上げたいか―――
山田監督―――
登場する人間の実在感みたいなものが、どしっとしていればいるほど、楽しくなるし、もっと笑えるし、ある意味で、もっと泣けるものになるんじゃないのか、そうしたいなと思っています。
落語っていうのはかなり泣けますからね、泣けるといっても悲しいんじゃなくて、あんまりハッピーなので涙が出てしょうがないっていう。舞台もそういうふうにしたいなと思っています。
勘三郎―――
『寅さん』もそうですけど、見終わった後に、なんかホッコリしますでしょ。なんか良かったなって。それで映画館後にするじゃないですか。そういう良い雰囲気になるような作品にしていただきたいし、僕もそう勤めなくちゃいけないと思っています。
シネマ歌舞伎について―――
山田監督―――
シネマ歌舞伎というのは舞台を忠実に映していくメディアですから、あくまで、今度の仕事は芝居としての『文七元結』を、より丁寧に(映像に)入れていくという事です。
『連獅子』のような場合は、その客席の興奮を、まるでシネマ歌舞伎を見ている観客が、その会場にいるように感じるっていうのかな、これは主として音が大事な問題になりますが、映像的にも客席のショットなども大事じゃないかな、と思っています。そういう工夫をしながら撮るわけですから、映画にするという意味とは根本的に違いますね。
劇場でも2階の奥のほうの見難い席もありますね。非常に限定されたアングルで、皆さん遠くから一生懸命双眼鏡でご覧になるんだけど、そういう欲求不満がこのシネマ歌舞伎では完全に解消されていて、もっと近く俳優をみることができ、汗が飛び散るところまで見えて、そういうところは、ある意味で劇場以上の迫力があるような気がします。
暗い場面もはっきりと捉えることができ、場合によっては客席まで捉えられるのですから、舞台には無い、いろんな面白い魅力がシネマ歌舞伎にはあると思います。
勘三郎ついて―――
山田監督―――
ひときわ柔軟な方じゃないでしょうか。渥美清さんに近いような…変幻自在というか、とても魅力的な俳優さんです。7月はニューヨーク、そして、8月は歌舞伎座・納涼大歌舞伎と、ずっと“奮闘”(笑)。本当に信じられない。
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10月新橋演舞場の製作発表は、 森光子・中村勘三郎特別公演に続いて2回目。中村屋の代表的な演目、山田洋次監督の補綴、来年秋にはシネマ歌舞伎として『連獅子』『人情噺文七元結』の公開が予定され、後日にも楽しみが控える「錦秋演舞場祭り 中村勘三郎奮闘」昼の部「十月大歌舞伎」。公演がますます楽しみになります。