vol.8 歌舞伎って一体感?
西洋の演劇にはない歌舞伎の大きな特色は、観客に対する「開かれ方」。
たとえば「?屋!」という大向こうのかけ声は、その最たるもの。舞踊「お祭り」では、「待ってました!」というかけ声に「待っていたとはありがてえ」と応える役者の台詞が、芝居気分を盛りあげます。
舞台の構造そのものも、ひと役かっています。特に花道の存在は象徴的。『妹背山婦女庭訓』の山の段で使われる両花道は、川の両岸という設定。旧敵同士である大判事と定高が、それぞれの花道で観客席をはさんで向き合う時、客席は川に見立てられているのです。
また『世話情浮名横櫛』や『伊賀越道中双六』・沼津で、役者が客席のあいだを、郊外の道に見立てて歩きまわる演出には、お客も大喜び。
この客席も、江戸時代には、今から想像もできないような場所にも、設けられていました。なんと舞台の上にまで!羅漢台(一階)や吉野(二階)などと呼ばれる、随時設置された追い込みの席がそれ。羅漢台は正面からみると、まるで五百羅漢が並んでいるように見えるのが語源、吉野は舞台の上に釣られる桜の釣り枝に近い席のため、花の名所・吉野山をもじったもの。当然、見えるのは役者の背中ばかりですが
「次に出る 役者を羅漢 知っている」
という川柳にもあるように、舞台の袖で登場のきっかけを待つ役者を観察できるなど、内輪チックな楽しみも。幕が引かれると、一緒に幕の内側に入ってしまったというのも面白い。
もっとすごいのがこれ。
「見物と 役者と並ぶ 大当たり」
当時は、大入り満席の時は、舞台上にもどんどんお客を上げていたというから、びっくり。大入り時のこのような習慣は、戦前頃まで続いたといいます。こうなると一体感を通りこして、舞台との一体化?
現在でも、『NINAGAWA十二夜』の幕開きで、舞台いっぱいにめぐらせた鏡に観客席が映し出されるなど、空間を丸ごととりこむような演出も。
劇場空間という「ハード」と、芝居という「ソフト」の両輪で、観客まで巻き込むようなムードづくりは、今も昔も歌舞伎の魅力です。
■辻 和子(イラスト・文)
フリーイラストレーターとして出版・広告を中心に活動中。
エキゾチックな味わいが持ち味だが、子供の頃より観続けている歌舞伎の知識を生かした和風の作品も得意とする。
現在東京新聞土曜夕刊にて、歌舞伎のイラストつきガイド「幕の内外」を連載中。
著書にファッションチェックつき歌舞伎ガイド「恋するKABUKI」(実業之日本社刊)がある。