春猿、月乃助が『婦系図』成功祈願
8月28日(水)、三越劇場「十月公演 新派名作撰『婦系図(おんなけいず)』」の上演を前に、作品の舞台にもなっている東京 湯島天神で、出演者の市川春猿、市川月乃助が成功祈願を行いました。
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新派125年の歴史の中で代表作の一つとなっている『婦系図』が、作者の泉鏡花生誕140年の今年、春猿のお蔦、月乃助の早瀬主税(ちから)、笑三郎の小芳で上演されます。主税がお蔦に向かって「月は晴れても心は闇だ、お蔦、何も言わずに別れてくれ」と迫るのが、ここ「湯島天神の境内」。
この日、成功を祈願した二人は、記念すべき節目に新派の大作へ出演するにあたり、「身の引き締まる思い」(春猿)、「奮い立つ思い」(月乃助)と、緊張感を持って語りました。
新派の名作で大役を演じる重み
歌舞伎の女方がお蔦を演じるのは昭和58(1983)年5月新橋演舞場の玉三郎以来、30年ぶり。「喜多村緑郎先生の湯島の場の演技メモ、タイミングや位置、動きが書かれている膨大なメモがあるのですが、それがとても細かい。ビデオも拝見していますが、ビデオだけではやはり役の性根の部分はわかりませんので、新派の諸先輩方にもおうかがいします」と、着々とお蔦に近づいている様子。
対する主税は、歌舞伎俳優では吉右衛門、仁左衛門、十二世團十郎が演じており、「憧れている方々が演じられてきたお役で、新派には珍しく、男が活躍する芝居で、正義感や男の強さが凝縮された役」と、月乃助はとらえています。「お蔦が可哀想に見えるよう、対極的に演じます。喜劇も悲劇もそのお役をとことん突き詰め、ふり幅を大きくするほど、お客様もその世界に入りやすいと思います」と、前日まで出演していた『さくら橋』(新橋演舞場)の経験を踏まえて意気込みを話しました。
経験を積んでいよいよ挑む『婦系図』
二人とも新派の舞台に出演を重ね、歌舞伎と区別することなく、「どの作品も日本の演劇の作品としてやらせていただくだけ」(春猿)とのことですが、そのうえで、春猿は「歌舞伎の土台をもった人間が演じることで、個性が出ればいい」、月乃助は「憧れていたお役に挑め、役者冥利に尽きます」と、初日が待ち遠しい様子でした。
また、鏡花作品について、月乃助は「初めは"てにをは"が難しくて大変だったのが、出演作品を重ねるにつれて、せりふのリズム、美しさがわかってきた」と言い、春猿も「難しい言葉を用いずに、言葉の並べ方や不思議な使い方に天才的な魅力を感じ、魔力に憑りつかれた一人です」と、二人ともすっかり鏡花ワールドにはまっているようでした。
時代を背負って舞台に立つ
新派の明治大正を舞台にした作品は、現代の感覚とは異なるところもあります。月乃助は「私たちの芝居を通じて、その時代を知っていただくしかない。それには、心底、自分たちがその時代の人になりきり、背景や価値観を腹の中に収めること。そのうえで、役をつくり、リアルな芝居をつくっていくことが大切だと思います」と、語りました。
お蔦を「純粋な女性」として演じると言う春猿も、時代を理解してもらうためには「自分でまず納得して腑に落としてから、お稽古に入らないといけません」と続けた後、「お客様には、当時の芸者ってそういう身分だったんだというところを飛び越えて、主税とお蔦の関係性を見ていただけるようにしたい」と、役づくりの目標を掲げました。
月乃助の理想は映画『新・男はつらいよ』(1970年)を見たときの自分の体験だと言います。「おいちゃん(森川信)が、別れのシーンを一人で熱演し、見ている寅さん(渥美清)がわんわん泣いている。子ども心に何の話をしているのかと思っていたのですが、それが『婦系図』だったんです!」。寅さんの心を揺さぶった物語の魅力を、自分たちの身体を通して観客に届ける...、それが今回の挑戦になりそうです。
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三越劇場『婦系図』は10月10日(木)~25日(金)、チケットは8月31日(土)より、チケットWeb松竹、チケットホン松竹にて販売です。